【事業継続力強化計画策定の手引き】の対策事例は大企業向け?
事業継続力強化計画の策定において、バイブルとして位置付けられるものに「事業継続力強化計画策定の手引き」があります。
事業継続力強化計画の概要や申請方法に加え、策定方法についても記載例を踏まえてかなり詳細に書かれているため、申請者にとっては必ず参照する必要があります。
とはいえ、内容においては、中小企業・小規模事業者向けというよりも、むしろ大企業(あるいは、中小企業の中でもかなり規模の大きな事業者)を想定しているような事例や具体例も含まれています。
事業継続力強化計画策定の手引きの事例は、あくまでも参考
事業継続力強化計画策定の手引きには、「記載例」や「具体的対策事例」というように、さまざまな事例が紹介されています。
記載例について
例えば、災害発生後も事業を継続するために、モノ(設備・機器及び装置の導入)に関する対策を検討する場合、記載例には次のような事例が紹介されています。

出所:事業継続力強化計画策定の手引き(令和2年6月15日版)p42、中小企業庁
- 停電の発生に備えて、無停電電源装置及び自家発電設備を導入する。
- 水道の停止に備えて、近くを流れる川から水を汲み上げるポンプを備蓄する。
- 工場及び倉庫の開口部に止水板を設け、床上1mまでの浸水被害を免れるようにする。
- 揺れによる生産設備の損傷を防ぐため、簿価500万円以上の生産設備の全てに、免震装置及び非常時の緊急停止装置を備える。
- 他地域の自社工場において代替生産ができるよう、社内の製造設備の金型や作業工程の標準化を進める。これらの取組のため、被災事業所分の生産をカバーするため、○○の生産ラインを増強する。
- 主要取引先である大手B株式会社と連携し、生産設備に被害が及んだ場合は、同社の生産設備を借り、生産を継続する。
出所:事業継続力強化計画策定の手引き(令和2年6月15日版)p42から一部抜粋
事例は製造業であるため、製造業者でない業種の場合には該当しないものが多くあるのは仕方ありません。
製造業者からすれば、上記に挙げられた対策を行うことができれば非常に有益であることは疑う余地がありません。
しかしながら、規模が大きく、資金が潤沢にあるような大企業であればできるようなことがたくさん書かれています。
これらは、あくまでも「記載例」であって、このように書いてくださいという書き方の例示に過ぎない(内容のレベル感を示すものではなく、記入の仕方)ことに注意が必要です。
記載例と同じレベル(内容)の対策をしなければ、事業継続力強化計画の認定を受けられないというわけではありません。あくまでも書き方の例示です。
具体的対策事例
「記載例」のほかにも、事業継続力強化計画策定の手引きには、「具体的対策事例」として、さまざまな事例が豊富に紹介されています。

出所:事業継続力強化計画策定の手引き(令和2年6月15日版)p45、中小企業庁
ここで紹介されている事例も、あくまでも参考資料であって、「この中から選ばなければならない」、ということではありません。
もちろん、この中に自社にとって最適な事前対策の方法があればそれを選ぶことは問題ありませんが、対策方法は自社の現状を踏まえ、有効かつ実現可能性を考慮して検討することが大前提です。
実際、事業継続力強化計画策定の手引きにも次のように記載があります。
事業継続力強化に資する設備、機器及び装置の導入の例
ここでは事業継続力強化計画を策定する際の参考として、具体的な対策例を掲載いたしました。今後、どのような取組が必要かを検討する際の参考資料としてご利用ください。
出所:事業継続力強化計画策定の手引き(令和2年6月15日版)p45から一部抜粋
事業継続力の強化にあたっては、実効性を高めることが重要です。極端に背伸びをし過ぎては、自社にとって取り組みのハードルを高めてしまい、結果的に意味のないものとなる恐れがあります。
まずは、自社が取り組むことのできる範囲かつ内容で、事業継続力を強化する第一歩を踏み出すことが、事業継続力強化計画認定制度の趣旨となりますので、できるところから始めていくという姿勢が大切です。
事業継続力強化計画策定の手引きを使い倒す
ところで、この策定の手引きにある事例、「ウチには当てはまらない」というものも多いと思いますが、それでも実は非常に重要な情報が網羅的に紹介されているものである、ということを知っておくと、何かに活かせるかもしれません。
事業継続力強化計画策定の手引きの事例について
事業継続力強化計画は、中小企業強靭化法に基づく認定制度ですが、中小企業強靭化法の立法・施行に先立って、2018年11月から「中小企業強靱化研究会」が中小企業庁にて開催されました。
この研究会の中間とりまとめの中で、「参考資料1.損害保険会社の経験を踏まえた効果的な自然災害に対する防災・減災のための事前対策例」が紹介されており、この資料の内容が、事業継続力強化計計画策定の手引き内に対策事例として取り上げられているようです。

出所:中小企業強靱化研究会中間取りまとめ (平成31年1月31日)、中小企業庁
この資料は、中小企業白書でも取り上げられています。

出所:中小企業白書2019・p433、中小企業庁
事業継続力強化計画策定の手引きでは、経営資源別に事前対策が整理されていますが、中小企業白書では災害別(地震・水災)に整理されています。(中小企業強靱化研究会中間取りまとめ資料では、地震・水災に加え、風災・落雷・雪害・低温災害の事前対策も紹介されています)
事業継続力強化計画の策定においては、地震や水災に対する事前対策を検討する事業者が多いと想定されていますが、それ以外の自然災害等の対策を検討する場合には、中小企業強靱化研究会中間取りまとめ資料を参考にすることができます。
保険会社が蓄積した情報
事業継続力強化計画策定の手引きにある対策事例は、損害保険会社の経験を踏まえた内容がベースになっています。
これについて、少し整理しておきます。
中小企業の損害保険・火災共済の加入状況については、比較的高いことが分かっています。中小企業白書2019によると、損害保険・火災共済を合計すると、約9割の企業が加入しています。

出所:中小企業白書2019・p435、中小企業庁
保険会社は、自然災害等が生じた際、加入者である事業者とやりとりをする中で、さまざまな対策事例を蓄積してきたと考えられます。
そうだとすれば、対策事例というのは当然のことながら、事業継続に関して実際に対策を行っている事業者から蓄積できるものであって、保険加入者ではなく、むしろ、BCP(事業継続計画)策定者の方が情報源としては重要性が高い(BCPについては、事業継続力強化計画とBCP(事業継続計画)の違いを参照。
つまり、BCP(事業継続計画)を策定し、事前対策に取り組む中小企業者のうち、保険加入していた事業者との接点が増えれば、保険会社に「どういう事前対策を行っておけば災害時に有効なのか」という情報が蓄積できるということが言えそうです。
この点、中小企業においては、BCP(事業継続計画)を策定している割合は全体で16.9%と、それほど高い水準とはいえません。

出所:中小企業白書2019・p448、中小企業庁
一方、内閣府の調査によると、平成29年時点で、大企業のBCP策定率は64.0%、策定中を含めるとおよそ8割強の大企業がBCPを策定していることが分かります。

出所:「平成29年度企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」の概要、内閣府
これらのことから、保険会社が蓄積している事前対策の内容は、比較的大きな企業のものが多い、ということを指摘できるわけです。
事業継続力強化計画の普及がもたらすもの
今後、今まで以上に大型の自然災害等が発生することは明らかであり、発生に対する備えを行うことはできても、発生自体をなくすということはできません。
中小企業・小規模事業者の間で事業継続力強化計画の策定が普及し、自然災害等が実際に発生した場合には、事前対策の有効性に対して、効果検証を行うことができるようになります。
これは、自社内において行われることはもちろん、公的支援機関や保険会社などによって、より多くのデータが蓄積され共有されることで、次の自然災害等に活かすという大きなPDCAを社会全体で回すことも可能となります。
そもそも、日本においてBCP(事業継続計画)という概念が出始めた頃は、すべてが手探りで、どのような対策が有効であるのかという情報もほとんどなかったわけです。
ところが、近年、各地で自然災害等が多発するなかで、有効性の高い事前対策方法をいろいろな事業者や団体が公開することで、社会全体で共有できるようになってきています。これは本当に素晴らしいことであると思います。
事業継続力強化計画策定の手引きで紹介されている事例は、規模の大きな企業であるが故に実現できるようなものも多いですが、それでも、これらの事例は過去のさまざまな企業の自然災害に立ち向かった体験や経験から導き出された、極めて有益な情報であることに違いありません。
自社に関係ない事前対策をあえて見るような必要はありませんが、策定の手引きにはさまざまなヒントが詰まっていることは知っておいた方が、この資料の尊さにも気づくことができるのだと言えます。
