事業継続力強化計画の限界とは?それは、リスクのイメージが難しいこと
事業継続力強化計画を策定したならば、発生する自然災害に対して、完璧な事前対策を行うことができるか、と言われればそれは無理です。
その理由は、自然災害リスクに対するイメージの難しさが挙げられます。
事業継続力強化計画が対象とするリスク
事業継続力強化計画の策定においては、自社拠点にて想定される自然災害リスクを把握・確認します。そのうえで、想定した自然災害のうち、最も大きな被害が想定される自然災害を対象として影響や事前対策を考えることになっています。
この時点で、既に自然災害を1つに絞っていることになります。
例えば、地震も洪水も発生の危険性が高い地域に自社拠点を有する場合、被害想定額の大きいいずれかの災害を選ぶことになっているわけですから、地震を選んだ場合には、洪水に対する事前対策が行われることはありません。
これは、すべての自然災害への対策を考えることよりも、発生確率や被害想定額の大きな自然災害に限定して対応策を検討した方が、事業継続に対する取り組みを行ってこなかった中小企業・小規模事業者からすると取り組みやすいということがあるため、事業継続力を強化する第一歩として、事業継続力強化計画では敢えて自然災害を絞り込んでいると指摘することができます。
では、把握した自然災害リスクのすべてに対して事業継続力強化計画を策定すれば、完璧な事前対策を行うことができるか、と言えばこれも難しいといえます。仮に潤沢な対策資金があったとしても、です。
自然災害のリスクをどこまでイメージできるか
事業継続力強化計画の策定においては、自然災害リスクを把握したうえで、特に被害が大きそうな自然災害を特定し、その自然災害が自社の事業にどのような影響を与えるのかという被害想定について、検討を重ねていきます。
この被害想定を行うのが実は非常に厄介なのです。
自然災害に被災すると、どのような被害を受けることになるのでしょうか。中小企業白書によると、被災によって受けた被害の内容として、最も多かったものが「役員・従業員の出勤不可」となっています。
出所:中小企業白書2019、中小企業庁
他には、「販売先・顧客の被災による、売上の減少」、「上下水道、電気・ガス通信機能途絶による、事実上の損害」、「事務所・店舗の破損や浸水」、「工場の破損や浸水」、「設備・什器の破損や浸水」「仕入先の被災による、自社への原材料等の供給停止」「道路や港湾などの公共施設の被災による、事業場の損害」と続いています。
自社に自然災害が発生した場合、「どのような被害を受けそうか」ということを検討するのは容易ではなく、さらに「それを踏まえたうえで事業にどのような影響を及ぼしそうか」ということを検討するのも簡単なことではないわけです。
自然災害を地震と特定した場合でも、被害内容や及ぼす影響を検討するのが難しいのは、大きく2つの理由が考えられます。
それは、「自然災害発生時の間接的被害」と「策定者の経験・体験」の2つから説明することができます。
間接的被害のイメージ困難性
先の、被災によって受けた被害の内容で挙げられているものの中には、自社の対策としてはかなり難しい被害内容が含まれています。
具体的には、「販売先・顧客の被災による、売上の減少」と「仕入先の被災による、自社への原材料等の供給停止」は、自社の被災とは全く無関係に起こる、いわば間接的被害です。
近年の自然災害では、自社が直接被災する場合の直接的被害に加え、取引先や顧客などの被災によって自社が影響を受ける間接的被害が大きくなっていることを指摘することができます。
近年、大規模な自然災害の一つとして記憶に新しいものに2011年3月に発生した「東日本大震災」があります。
株式会社帝国データバンクによると、東日本大震災時の被害区分においては、直接的被害よりも、間接的被害の方が圧倒的に多くなっていることが分かります。
出所:「東日本大震災関連倒産」(発生から4年)の内訳と今後の見通し、2015年3月2日、株式会社帝国データバンク
「消費マインドの低下」や「市場価格の混乱」などは、間接的被害としての被害内容や影響について、想像しにくいものであるといえるでしょう。
間接的被害でイメージしやすいとしたら、仕入先や販売先に関係するものかもしれません。
災害リスクを地震と特定し、被害内容とそれが事業に及ぼす影響を考え、事前対策を行ったとします。そして、実際に地震が来たときに、自社は事業継続力を強化しておいたため、被害を最小に留められたとしても、仕入先が被災することで材料を確保することができなくなったり、販売先が被災することで商品の納入ができなくなったりする、この結果として自社の事業継続ができなくなるということが起こり得るということです。
もちろん、仕入先の被災に備え、材料を相当量確保しておくことや、別の仕入先を開拓しておくこと、販売先の被災の備えて新たな販売チャネルを開拓しておくこと、などもできなくはありませんが、そこまで事業継続力強化計画の策定においてイメージを膨らませるというのはなかなか難しいといえます。
また、そもそも中小企業・小規模事業者は限られた経営資源を有効に活用することが強みになっていますので、イメージを無駄に広げ過ぎてもむしろ事前対策への妨げになるという恐れもあります。
策定者の経験・体験に頼りすぎる
自社拠点に起こり得る自然災害を把握したところ、洪水(水害)のリスクが最も高かったとします。この場合、洪水が発生することによる被害内容や、それによって事業にどのような影響を及ぼすのかということを検討することになりますが、その際にベースとなるのは策定者の経験や体験に基づく情報となります。
これら、策定者が有する経験や体験に基づく情報が、事業継続力強化計画の限界を生じさせる要因となることがあります。
中小企業白書によると、自然災害への備えに取り組んだ理由として、最も多いものに「自身の被災経験」が挙げられており、次いで「国内での災害の報道」となっています。
出所:中小企業白書2019、中小企業庁
自身の経験(体験)や報道に動機付けられるかたちで、自然災害への備えに取り組むというのは素晴らしいことですが、一方で、経験が足かせになる可能性があります。
自身が小さい頃に体験した「洪水での出来事」をイメージして、被害内容や事業に与える影響を検討したとしても、場所や時間が変われば、過去の体験は参考にはなるかもしれませんが満足に至るような情報ではありません。子供の頃に見ていた視野や視点と、経営者としてのものを比べても、当時の体験をそのまま当てはめて検討してしまうのは無理があるといえるでしょう。
このように、事業継続力強化計画の策定においては、策定者自身の経験や体験をベースに、自然災害のイメージが形作られることになるため、限界が生じてしまうことになります。
もちろん、これは事業継続力強化計画に限定した話ではなく、あらゆるリスクマネジメントに共通しています。しかし、大企業などは服薄の従業員や外部の専門家が混ざって検討することも多く、その意味では経験としてのレベル感や客観性は高い水準にあるといえるでしょう。
自然災害のイメージと保険
自然災害の発生頻度が増え、発生する被害額も大きくなってきていることから、中小企業・小規模事業者においても、災害に備えた保険加入に注目が集まっています。
中小企業白書では、自然災害に対応する損害保険・火災共済に加入していない理由として、「被災時にどの程度の金銭的被害が発生するかイメージできない」という回答が最も多くなっています。
出所:中小企業白書2019、中小企業庁
保険に入ることを推奨するつもりわけではありませんが、「保険料や共済掛金を支払う原資がない」と回答している割合が低いことを考えると、保険に入るか否かは経営者や幹部の自然災害リスクに対するイメージによって決められている、ということが指摘できるわけです。
イメージ力アップを事業継続力強化計画の策定に活かす
事業継続力強化計画の限界を補うというわけではありませんが、自然災害などのリスクに対して、各企業で積極的な情報収集の姿勢が必要となっていることは指摘できそうです。
全国各地で自然災害が多発していますが、自社とは関係のないところで起こった自然災害については、情報収集を行うことは少ないのではないでしょうか。しかし、他地域の事例であっても、参考にできることは非常に多いはずです。しかも、最近はさまざまな団体が自然災害に関する状況を分析し、統計データとして積極的に開示しています。
情報は取ろうと意識すればお金を掛けずにいくらでも入手することができます。
そして、そのような情報を自分の中に蓄積していけば、実際に自然災害を「体験」はしていないとしても、見たり聞いたりするというプロセスを繰り返して、自身の中に「経験」として情報をインプットすることができます。
新型コロナウイルス感染症についても、過去に新型インフルエンザで苦労した経験を持つ企業は、柔軟な対応を見せているところが少なくありません。過去の経験から、新型コロナのリスク(被害内容や事業に与える影響)をイメージでき、それが対応策へとつながっているものと考えられます。
自然災害を無理に体験することはできませんが、積極的な情報収集を行って経験へと変えていくことは可能です。このような取り組みも、今後は重要になってくるといえますし、このような防災・減災に対する直感というのは、事業継続力強化計画を補うものと言えるのではないでしょうか。
まずは、自社の自然災害のリスク把握・確認から始めてみると良いです。インターネット上で、簡単に今すぐ無料で行うことができます。
自然災害リスクの把握方法については「事業継続力強化計画の策定において自然災害リスクをハザードマップで確認する方法」にまとめてありますので、参考にしてください。